ルッカ&フィレンツエからの櫻便り

東京は、美しい満開の桜に包まれた一週間でした。
多くの方々が、現実を忘れて、桜の木の下で幻想的な日本の春の美に心奪われたことと思います。
入学式や入社式など、別れと新たな出会いの季節は、桜の花吹雪に包まれ、彩られました。

そんな中、イタリア・トスカーナより、本会が寄贈した実生の櫻子たちの様子をお伝えいただく櫻便りが届きました。

日伊櫻の会の、中川章子さん(フィレンツエ在住)と、ルッカ・イタリア料理学院Gianluca校長(ルッカ在住)より、ルッカ市とフィレンツエ市の櫻子たちの開花の写真が届きました。

ルッカ市の櫻は、5〜6mにもなるほどすくすくと元気に育っています。

こちらの櫻は、ルッカ市の市壁沿いに位置するOstello San Fredianoのお庭に寄贈植樹されています。中川さんより写真が届きました。


こちらは葉が赤く、山桜系です。

また、ルッカ市にあるルッカ・イタリア料理学院のお庭にも櫻が寄贈されているのですが、こちらでは、ジャンルーカ校長が自ら大切に櫻を育ててくださっています。
こちらの櫻子たちも、以前より本当に大きくなりました。ジャンルーカ先生より写真が届きました。

 

ルッカの櫻はますます大きくなり、毎年、可愛い花を咲かせてルッカの皆さんを喜ばせているようです。

また中川さんには、フィレンツエからも櫻便りをお送りいただきました。
フィレンツエ・サンドナート公園に寄贈した櫻子たちは、今年の激しい夏の猛暑など、不安定な天候によって少し元気を失っていたのですが、
中川さんはじめ、地域の方々の熱心で丁寧なケアによって少しずつ回復し、可愛い櫻を咲かせました。

日本から海を渡って、櫻たちがイタリアで元気に成長し、花を咲かせて地域の方々を喜ばせていると思うと、大変嬉しく思います。
未来に向かって、元気に大きく成長し、さらに美しい花を咲かせて日伊の架け橋となって欲しいと願います。

櫻子たちがイタリアで元気に育っているのも、日伊櫻の会会員の皆様をはじめとする、当会を応援してくださる皆様方のおかげです。
今後とも日伊櫻の会の活動を、何卒宜しくお願い致します。

 

 

「ルッカ紀行、桜までの道のり」

日伊櫻の会会員・田中さおが、先月下旬にルッカの櫻子を視察しました。ぜひ、さくら便りをご一読ください。

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「ルッカ紀行、桜までの道のり」


7月26日。朝7時、ボローニャから電車に乗り、まずフィレンツェへ向かいます。前日は、灼熱の太陽にさらされ焼け焦げてなくなってしまうような暑さでしたが、この日の朝は空気がひんやりと冷たく、もう一枚カーディガンを持ってこなかったことを後悔したほどでした。

フィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ駅で電車を乗り換えて、ルッカ駅まで電車で約1時間。10年ほど前、初めてイタリアに来た時から、なぜか一番耳に残っているイタリア語は「アッッッテンチオーネ!」(ご注意ください!)と始まる駅の構内放送でした。日本の駅員さんのアナウンスも面白いですが、イタリア語のリズムがどこかコミカルです。フィレンツェからルッカまでの車窓は、現代的な(世界のどこでも共通する)工場地帯やそこに書かれたグラフィティと、伝統的な「イタリア」の街並みの繰り返し。そうした風景を5回ほど繰り返し眺めているとルッカに到着です。

駅を出るとすぐに、赤茶色のルッカ旧市街の市壁が見えます。外から見ると、何か巨大遺跡のようです。

市壁の間から階段を下り、短い地下道を通って場内に入ります。地下道を抜けると…、目前には外からは想像もつかない爽やかで美しい並木道が登場します。

ルッカに寄贈された櫻子たちを目指す前に、Pizza Anfiteatro(円形闘技場跡)を通りました。闘技場跡についたのは10時半頃、ランチの準備のためか荷物を出し入れするバンが多く乗り入れていました。広場の真ん中には、大きな顔のオブジェが。皆オブジェの写真を撮ったり、オブジェが作る日陰の中から競技場跡の写真を撮ったりしていました。

かつての闘技場跡に使われていた柱が外縁に露出しているということを聞いたので、とりあえず外をぐるっと一周してみます。路上で、誰かが「エリーゼのために」をピアノで弾いていました。せっかくなら、プッチーニを演奏すればいいのになどと思いながら(といってもプッチーニの代表曲ってなんだったかなどと思いつつ)、旧闘技場の柱を発見しました。

そのまま競技場跡を一周していると、右手にフレデリーノのバジリカが見える場所があります。そこを抜けて、少し進むと左手にOatello San Fredianoの表示が見えます。オステリアのレストランの庭ではビアガーデンが開催中とのこと。裏のゲートのようなところから、庭の中に入ると強い太陽の光を浴びて黄緑色にキラキラ輝く細身の木が並んでいました。近くに寄ってみると、確かに桜の樹々たちでした。このところ、雨が降らずに日照り続きとのことで桜たちの様子が心配されていたようですが、そんな心配をよそにさんさんと降り注ぐ日光を跳ね返しすこぶる元気そうでした。


桜たちの横に設置してあったベンチのようなブランコで一休みすることにしました。今年のイタリアは40度を超える猛暑のようですが、ひとたび木陰に入ると風が吹き抜けとても心地がいいのです。

さて、休憩後再びやる気を起こしてグイニージ塔を目指します。グイニージ塔は広場などに建っているわけではなく、普通の狭い道にある建物の続きのような感じで突如、高い塔が出現するのでした。塔は屋上まで行けて、階段で上がります。普段こんなに階段を上がることもすくないので息が切れてしまいますが、屋上にでると涼やかな風が吹いています。ここから、ルッカ市内が一望できます。

その後は、塔をおりてヴォルト・サント(聖顔)のあるサンタ・マリア・カテドラルに向かいます。昇天してしまうほどの晴天の空に、薄水色の水を湛える噴水、太陽を照り返す白いカテドラルが目に眩しいです。

サンタ・マリア・カテドラルのヴォルト・サントはトスカーナな地方で最も古い聖像であり中世には巡礼のいわゆる目玉として信仰されていたそうです。中世以前に作られた像は、素朴ではありながらも、素朴が故の普遍的な荘厳さを感じさせます。

その後、考古学博物館、現代美術館を回って、ルッカからボローニャへの帰路につきました。

 

乗り換え待ちで1時間ほど花の都フィレンツェを歩きましたが、フィレンツエが殺伐とした街に見えてしまうほどに、ルッカは美しく光に溢れた素晴らしい街でした。そんな街で、すくすくと育っていた桜たちも、とても健康で幸せそうに思えたのでした。

 

 

 

 

 

イタリアの櫻子たち  Luccaから

私が現在すんでいるのはPisaですが、そこから電車で約20分でLuccaの街にたどり着きます。

城壁で囲われた小さな古都 Lucca。25度を超える、雲一つない快晴の休日に訪れたためか、街は太陽を浴びようと繰り出す人々で賑わっていました。一時間強で、Luccaの中心地を囲む城壁をぐるりと一周してしまい、改めてその街の小ささを感じながらも、その小ささがまた大変かわいらしく、愛しく思えるほど、Luccaの街は美しいものでした。


 

中心街を一回りし終わると、Luccaの櫻子たちを管理してくださっているGianluca Pardini先生に会いに行くため、ルッカ・イタリア料理学校(Scuola di Cucina)に向かいました。

Scuola di Cucinaの校長Gianluca先生は、過去に日本で仕事をされた事もあり、またイタリア料理を勉強するため留学する多数の日本人生徒を学校で受け入れている為、日本と関係が深く、本会の会長、副会長とも長年のおつきあいをもたれていました。
毎年、定期的に日本に訪れては、イタリアレストラン(リストランテ文流)でその腕を振るっていらっしゃいます。

料理学校にいく道程は、両側が大木に包まれた美しい小道で、静寂の中に春の小鳥たちの鳴声が響いていました。所々に見える、オリーブ畑、果樹園、それらの手入れされた畑は、暖かい日の光を浴びて健康的に輝いていました。
おそらく道際にならぶ大きな家々は、中世の富豪たちの別荘地だったと思われますが、それらの家を現在も活用しながら人々が暮らし、畑の手入れなどを行っているようでした。
遠くの丘に見える白く色づいた木々は、イタリアの櫻です。離れてみれば、それは日本の山桜のようにも見えますが、こちらの櫻は、さくらんぼがなる櫻の木です。

 

更に小さな道に入ると、両サイドは煉瓦で作られた高い壁になり、強い日差しも遮られて、涼しさの中で中世にタイムスリップしたかのような気分になります。その壁が終った所、つまり小道の終わりに料理学校があります。

視界が開けると、目の前にはチューリップ畑が、その先の斜面に作られた畑では農家が仕事に勤しみ、目を凝らすとそこにはロバもいて、思わず駆け寄ってしまいました。そのあまりに美しい光景を目にして、しばし呆然としてしまったほどでした。
また、学校へのエントランスまでの道の両サイドには、まだ小さな櫻子たちが、きちんと整列して来客者を迎えてくれていて、イタリアの暖かい日を浴びて、ピンク色の花が咲いていました。

 




 

この日、私はGianluca先生のお言葉に甘えて、学校の生徒さんたちに混じって夕ご飯をご一緒させて頂けることになりました。日本の生徒さんたちもたくさんいらっしゃり、みなさんイタリア料理や語学の勉強でお忙しいなかにも関わらず、突然の訪問客である私を快く迎えて下さり、とてもありがたい思いでした。

夕ご飯の料理のお手伝いをさせていただきながら、イタリアの伝統料理も色々と教わる事ができ、勉強になる時間をすごさせていただきました。
特に、イタリアの伝統菓子であるDolce di paneは、名前の通り”パンのケーキ”ですが、イタリアでは残ったパンを使ってそれをケーキにするそうです。レモンやラムレーズンなどのテイストがしみ込んだDolce di Paneを食事の最後に堪能させていただきました。

学校には、日本人以外にも、ギリシャ、イタリアから生徒さんがいらっしゃっており、様々な経験や選択を経た皆さんと囲む食事の時間は、あっという間に楽しくすぎてしまって、気付くと終電の時間が迫り、Pisaへの帰路に慌てて着きました。
GIanluca先生には、お忙しい中最後まで大変親切にしていただき、心から感謝申し上げます。また、Scuolaでイタリア料理を学ぶ皆さんと、イタリアや日本、または他の国のどこかでいつか会えることを楽しみにしながら、Luccaを後にしました。

Luccaの穏やかでやわらかい春の日差しを浴びながら、 櫻たちが元気に育っていたことが嬉しく、またその櫻を訪れることで、そこに暮らす人々と出会う事ができることが、さらに一層、櫻がそこに咲いていることの意味をもたらしてくれるのだと思えました。

今回は、料理学校に植えられた櫻子たちに会いに行きましたが、実はLuccaには、更に街の中心地、mura(城壁)にも日本の櫻の木が植樹されています。
この櫻子たちにつきましては、また改めてこちらで紹介させていただきますので、楽しみにして頂ければと思います。

Gianluca先生、お忙しい中、快く迎えて下さり、本当にありがとうございました。
Grazie mille. La ringrazio di cuore.

沢辺